「におい」は品質になる ― 再生プラスチックの脱臭が生む価値

今回も本コラムをお読みいただき誠にありがとうございます。日本シーム 岩渕でございます。

すっかり夏ですね。とにかく暑いです。虫と湿気が苦手な私としては大変辛い季節です。ただそんな私にも、大好きな夏の風物詩があります。夕方、空が急に暗くなり、雨が降り出す時にどこからともなく漂ってくる土の香り。あの独特のにおいが何故だかたまらなく好きです。実はこの香りには「ペトリコール」という名前があり、乾いた土壌に含まれる植物由来の油分や、土壌中の微生物がつくり出す物質が、雨粒によって空気中へ放出されることで生じる現象だと考えられているそうです。においには必ず理由があるということですね。さて、今回はそんな「におい」にまつわるお話です。

物性だけでは測れない、「臭気」という品質

再生プラスチックの品質という文脈では、これまでは強度や耐熱性、色調といった物性が中心でした。しかし近年、これまでのコラムでも触れた通り、欧州ではそれらに加え、「臭気」も重要な品質項目の一つとして捉えられるようになっています。消費者が製品を手に取った瞬間に感じる印象は、必ずしも数値化された物性だけでは決まりません。特に日用品や包装材、自動車内装材などでは、わずかなにおいであっても製品品質への印象を左右することがあります。再生材が社会に広く受け入れられるためには、リサイクラーや製品メーカーが臭気という目に見えない評価基準と向き合うことは避けられないでしょう。

「感じ方は人それぞれ」で終わらせない ― 臭気を分析する技術

臭気というと、人によって感じ方が異なる感覚的な問題と思われがちです。しかし実際には、その多くは揮発性有機化合物(VOC)や半揮発性有機化合物(SVOC)、あるいは製品の使用履歴に由来する残留成分によって引き起こされます。近年では、臭気の原因となる成分をガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)で分析し、定量的に評価する技術が広く利用されています。自動車業界では、ドイツ自動車工業会(VDA)が定めるVDA278に基づき、内装材から放散されるVOCやSVOCを熱脱着GC-MSで分析する手法が品質管理の一つとして定着しています。VDA278は自動車メーカーのサプライチェーンにおける品質保証や材料承認にも利用されており、「におい」を化学的に把握するための自動車業界における共通言語として機能しています。

もちろん、GC-MSだけで人が感じる臭気を完全に評価できるわけではありません。そのため欧州では、官能評価と機器分析を組み合わせながら品質を評価する考え方が広く採用されています。重要なのは、「においは感じ方が人それぞれだから評価できない」とするのではなく、感覚と分析を組み合わせることで、可能な限り客観的な品質指標へ近づけようとしている点です。これは臭気を感覚論ではなく品質工学として扱う姿勢と言えるでしょう。

脱臭は「落とす工程」ではなく「品質をつくる工程」

こうした品質要求を背景に、欧州のリサイクラーでは洗浄工程だけでなく脱臭工程への投資が進められています。その目的は、においをなくすこと自体ではありません。高品質な再生材を安定して供給し、より付加価値の高い用途へ展開することにあります。例えば、強アルカリ溶液によるホットウォッシュやデガッシング(脱気)などを組み合わせた高度な洗浄・脱臭工程を経て製造されたPCR樹脂は、Henkelの洗剤ボトルやWerner & Mertz社の「Frosch」ブランドなど、消費者が日常的に手にする製品へ採用されています

ここで注目すべきは、高度洗浄・脱臭工程が「汚れやにおいを落とす工程」としてではなく、「品質をつくる工程」として位置付けられている点です。異物を除去するだけでなく、臭気やVOCを低減し、用途に応じた品質を実現することが、高付加価値用途への展開につながっています。再生材であることだけではなく、性能や安全性、使用感を含めた品質が当然の前提として求められる現在、選別、洗浄、脱臭、品質管理といった各工程への投資は、単なる処理コストではなく、高品質な再生材という価値を生み出すための投資と言えるでしょう。

「PCR材」という一括りでは、品質の差は伝わらない

一方で、日本を含め現在の再生材市場を見渡すと、「PCR材」という性質だけでは、その品質の違いを十分に読み取ることはできません。同じ再生材であっても、原料の出自はさまざまであり、洗浄や脱臭工程への投資、品質管理のレベルにも差があります。しかし、それらの違いを客観的に示す共通の指標は、まだ十分に整備されているとは言えません。その結果、品質向上に多くの手間とコストをかけた再生材と、そうでない再生材が、同じカテゴリーとして扱われる場面も少なくありません。あるいは、だからこそ高品質な再生材が生まれにくい状況が依然として続いているとも捉えることができます。

もちろん、市場価格は自由競争の中で決まるべきものです。品質が高いから高価格で取引されるべきだと制度的に決めることは、市場原理になじみません。しかし、市場が品質を適切に評価するためには、まず品質を客観的に示す共通の尺度が必要です。例えば、臭気の原因となるVOCやその他の品質項目について一定の評価基準を設け、その基準を満たした再生材であることを第三者が証明できる仕組みがあればどうでしょうか。購入する企業は「再生材」という一括りではなく、「品質が証明された再生材」という新たな判断材料を得ることができます。そして品質向上に投資してきたリサイクラーも、自らの取り組みを客観的な価値として示すことができるようになります。

量から質へ ― 品質で評価される市場を育てる

欧州では近年、「High Quality Recycling」という考え方が広く議論されるようになっています。その本質は、単にリサイクル率を高めることではなく、再生材を高品質な工業材料として社会へ循環させることにあります。臭気対策への投資も、その一環として位置付けられています。脱臭技術はコストではなく、高品質という価値を生み出すための投資なのです。

循環型社会では、「どれだけ再生したか」という量の指標はもちろん重要です。しかし、これからは「どのような品質の再生材を社会へ供給できたか」という視点も同じように重要になるのではないでしょうか。品質が客観的に評価され、その価値が市場で正当に認識される仕組みが整えば、企業は品質向上へ安心して投資できるようになります。その積み重ねが再生材全体の品質を底上げし、より多くの製品で再生材が当たり前に選ばれる未来につながるはずです。循環経済を次の段階へ進めるために必要なのは、再生量を競う仕組みだけではありません。品質を「見える化」し、品質で評価する市場を育てることこそ、これからのリサイクル産業や仕組みづくりに求められる重要な視点ではないでしょうか。それから、夏になると急に元気になる虫の皆様におかれましては、どうか私の前だけでも「見えない化」を推し進めて頂きたいと思います。特にセミさん。